クロちゃんは、最後に、シロちゃんの家に向かいました。
――シロちゃんは、きっと来られないだろうな。シロちゃんのご主人様は、ずっと具合が悪いんだもの……。

シロちゃんの家は、昼間でも、シンと静まり返っていました。でも、留守ではないことを、クロちゃんは知っています。
「こんにちは……」
玄関に佇むクロちゃんを見て、シロちゃんは、ちょっとびっくりしました。
「クロちゃん、どうしたの?」
「お花見行くつもりなんだけど」
「クロちゃんひとりで?」
「みんな忙しいんだ」
シロちゃんは、クロちゃんと、クロちゃんの背中の大きなリュックを交互に見て、事情を察しました。

「ちょっと待ってて。ご主人様に聞いてくるから」
そして、しばらくして戻ってくると、
「ご主人様が行ってもいいって。一緒に行こうか」
と、クロちゃんを誘いました。
クロちゃんはどんなにかうれしかったことでしょう。

土手では、お花見の人で溢れ返っていて、座る場所もないほどです。
やっと見つけた斜面に、クロちゃんとシロちゃんは並んで座ると、二人で缶ビールを開けました。
ごくんと一口飲んだビールはすっかりなま温かくなっていました。
「クロちゃんのご主人様、お料理上手だね」
からあげを噛みながら、シロちゃんが言います。
からあげの乗った紙皿には、クマのイラストがプリントされていました。お皿は、まだほとんどリュックの中に残っています。わざわざ明るい柄のお皿を選んでくれた奥さんのことを思い、クロちゃんは申し訳ないような気持ちでいっぱいになりました。
そのとき、クロちゃんたちの横にいたグループから、どっと笑い声が起こりました。

「みんな、忙しいんだねぇ」
クロちゃんが、しょんぼりしてしまう気持ちを笑ってごまかしながら、言います。
シロちゃんは、しばらく黙っていましたが、
「忙しいのって、僕、ちょっとうらやましい」
ポツリとつぶやきました。

二人は、そのあと、からあげをお腹がいっぱいになるまで食べました。からあげでお腹がいっぱいになるなんて、クロちゃんもシロちゃんも初めてのことです。
川面には、ピンク色の桜の花びらが一面に浮いています。一陣の風が吹き、サーッと音を立てて、また花が散りました。一片が、クロちゃんの濡れた鼻に張り付きます。クロちゃんが、くすぐったそうな顔をしました。
――お花見なんて、何年ぶりだろう。仔犬のときに来たのが最後だったなぁ。あの頃は、奥様も生きていらしたんだったっけ。奥様のからあげもおいしかったなぁ。
シロちゃんは思い返します。
「また、来年も来れるといいね」
シロちゃんは笑ってクロちゃんにそう言い、クロちゃんも、
「うん、来年もまた来よう。桜見よう」
と言いました。
ピンク色の、桜の枝の間から、青い空が見えました。



次へ

目次