毎週水曜日には、新聞の折込で、ディスカウントスーパーのチラシが入ります。
クロちゃんは、このチラシを見るのが大好きでした。
「あ、『神の河』が安売りされてる」
『神の河』はクロちゃんが大好きなお酒です。そして、クロちゃんが知っている唯一の焼酎でした。
――最近、焼酎ブームだもんなぁ。
クロちゃんは、したり顔でうなずきました。
それから、クロちゃんは、戸棚の中の『神の河』が、もう残り少なくなっていることに気がつきました。
――そろそろ新しいのを買っておかないと、夜が寂しくなっちゃうな。近いうちに、酒屋さんに行こう。
クロちゃんは思いました。

クロちゃんは、お使いをするたびに、お駄賃をもらいます。
回覧版を回したり、雨に降られたご主人様に駅まで傘を届けたり、近所のお総菜屋さんに行ったりするたびに、50円、100円と貰うのです。そして、それを貯めておいて、お酒を買います。お酒を買えるのは、数ヶ月に1回。クロちゃんにとっては、大きなイベントでした。

次の日の夕方、クロちゃんは、コロッケ屋さんへお使いにいった帰り、ちょっと遠回りをして、ゴロウちゃんの酒屋に行きました。
クロちゃんは、お酒はいつもゴロウちゃんのお店で買うと決めています。ゴロウちゃんが特別好きなわけではありませんが、クロちゃんは、ずっとそうしてきました。

店先にはゴロウちゃんが寝そべっていました。
「こんにちは」
「あ、『神の河』買いにきたの?」
ゴロウちゃんは、お店の中に声をかけました。
「クロちゃんが、『神の河』買いに見えました」
ゴロウちゃんは商売人の家の犬なので、TPOに応じて、ちゃんと敬語が使えます。

「あら、クロちゃん、こんにちは。『神の河』ね、ハイハイ、待ってね」
お店のおばさんは、脚立に乗って、棚の上のほうから、埃をかぶった『神の河』720mlをとり、濡れた雑巾で瓶の回りを拭きました。
「ハイ、1400円ね」
――高っ…。
クロちゃんは、内心少しだけ後悔しました。ディスカウントスーパーならば、400円も安かったからです。クロちゃんが400円を稼ぐためには、何度も何度もお使いに行かなくてはいけません。でも、クロちゃんは黙って、小銭入れのチャックを開けると、100円玉と500円玉で支払いをしました。
おばさんは、さりげなくお金を受け取ると、クロちゃんに棒キャンディをくれました。甘いものの苦手なクロちゃんですが、「ありがとう」といって受け取りました。
おばさんの茶色いセーターにも、分厚いスカートにも、毛玉がついているのが見えました。
ゴロウちゃんは、店の外まで見送ってくれ、「またね」と声をかけました。

帰り道、『神の河』の入った袋をぶつけないように気をつけながら、クロちゃんは深いため息とともに思います。
――あーあ……。でも、お金じゃ代わりにならないことってあるんだよ、きっと。

クロちゃんの影がアスファルトに映ります。影は、この1ヶ月ほどで、随分短くなったようでした。そろそろ春が近いようです。



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