今日は雨です。

「そろそろ梅雨かしらねぇ」

奥さんが言いました。

――あーあ、今日はお散歩に行けないや。

クロちゃんのおうちでは、雨の日には散歩に行かない決まりです。
奥さんは、内心、(これでお散歩に行かずに済むわね)と思っていましたが、
クロちゃんに悪いので、口には出しません。

――ボクは、雨降りでもぜんぜん平気なんだけどなぁ。

クロちゃんはお部屋の中で暮らしているので、雨に濡れると後がやっかいだ、というのが、
奥さんの言い分でした。

奥さんは、ひととおりの家事を終えると、裁縫箱を取り出して、
鼻歌を歌いながら、パッチワークを始めました。
奥さんは、先月から通信講座でパッチワークを始めたのです。
講座は全部で130近くもあって、「趣味のある人生で、毎日をいきいき」というのが
キャッチコピーになっていました。

――趣味のある人生ねぇ。ボクの趣味って何だろう。
   お酒…かな。

通信講座には「趣味のカクテル教室」もありました。
ご主人様は、「これなんか、クロにいいんじゃないか」と
笑って言っていましたが、でもクロちゃんは、自分には無理だということが
わかっています。

――だって、ボクは犬だから。

クロちゃんは、ぼんやりと思いました。

奥さんは、怖いほど真剣な表情で、布の上に覆いかぶさって、
ぶつぶつつぶやきながら、針を動かしています。

そのうち退屈になったクロちゃんは、

「奥さん、さっきの鼻歌は何ですか?」

と聞いてみました。

「雨に歌えば、っていう映画の中の曲よ。
若い頃、名画座で見たの。
黄色いレインコートと黒い傘のジーン・ケリーがとってもステキなのよ」

奥さんは、顔もあげずに答えます。

――……雨に歌えば、かぁ。

クロちゃんは、リビングの窓から暗い空をうらめしそうに見上げました。
雨なんか、歌う気分になれないクロちゃんでした。

はぁ〜。

クロちゃんは、大きなため息をひとつつきました。
そんなクロちゃんを、奥さんは横目でチラリと眺めます。

そのうち、いつものようにクロちゃんはうとうとし始めました。
お昼を過ぎたころでしょうか、奥さんの声がします。

「クロ、雨やんでいるみたい。お散歩行く?」

「えっ、ほんとですか?」

クロちゃんはガバリと飛び起きると、リビングの窓から外を見ました。
でも、やんでいるとはいうものの、外はまだ真っ暗です。
お散歩の途中にでも、すぐまた降り出してくるでしょう。

「いいんですか? きっとすぐに降り始めますよ」

「クロときたら、趣味があるわけでもなし、
楽しみといえば、お散歩と晩酌ぐらいですものね。
でも、今日は、これをかぶってちょうだいよ」

奥さんは、黄色いビニール風呂敷をクロちゃんにかぶせ、おなかの下で結びました。

「さぁ、これなら、ちょっとくらい濡れても大丈夫。クロに黄色い風呂敷で、映画の中のジーン・ケリーみたいだわね」

黄色いビニール風呂敷をかぶったクロちゃんは、何だか不思議な姿です。マロンちゃんや、インディちゃんが見たら、きっと笑うことでしょう。でも、そんなことはかまいやしません。
クロちゃんは、ホクホクとうれしくなりました。

「行きましょう、行きましょう。奥さん、急いで行きましょう、
また雨が降ってきてしまいますよ」

「ハイハイ。わかったわよ」

奥さんの後ろから、クロちゃんがスキップせんばかりについていきます。

――ああ、雨降りだったけど、今日はいつもより、ちょっと幸せな気分。
雨に歌えば、ってこんな気分なのかな?

そんなことを思うクロちゃんは、十分に生き生きして見えるのでした。

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