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2003.11.30

TSUTAYA

雨と曇りの一日。空気が生暖かい。

ダンナ、今日は休み。3人で、TSUTAYAにくるりのCDを借りに。
初期カーネーションのUSEDアルバムが売られていた。持っていたが、とりあえず2枚購入しておく。

このTSUTAYAは、これまでにもあきらと二人で何回か来たことがある。
前回は、急にあきらがトイレに行きたくなり、「ト、トイレっ!貸してくださいっ!!」と頼んだのだが、テーンエイジャーのアルバイトに無情にも断られたのだった。
こうした切迫した事態でトイレを断るという非人間的な行為に、私はえらく憤り、あきらに、
「今度こういうことがあったら、目の前でおしっこ漏らしてやれ! トイレを貸すほうが、おもらしの始末をするよりもマシだっつぅことが身を持ってわかるに違いない」
と言い含めておいた。しかし、今日は残念ながら(?)尿意をもよおさなかったらしい
(ちなみに、志木駅前のTSUTAYAは貸してくれました)。

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明日から師走。
・年末には、お札を買い、年始にはおみくじを引いて、東京タワーに行くこと。
・今年こそ、年賀状を出すこと。


2003.11.29

補足

よそ様の家の洗濯物を見ていると、家ごとに干し方がまちまちだということがわかる。

洗濯竿に直接、シャツやズボンを通し、等間隔にぴっちり洗濯バサミをはさむ家もある。ハンガーに掛けたあと、袖の重みで肩が伸びないように、袖だけ上にあげて、洗濯バサミではさむ家もある。
で、昨日の多摩川べりの浮浪者。
洗濯物の干し方を眺めていて、それが几帳面だったりすると、「あぁ、この人は、一般社会にいるときにも、こうやってマメマメしく洗濯物を干していたのかなぁ」などと考えてしまう。
小屋のかたわらに、くつろぎスペースを作り、そこにサロン風にパイプイスを並べていたりすると、「甲斐甲斐しいような感じだなぁ」とも思ったりする。
新宿の地下通路にも、いろいろな段ボールハウスがあった。きれいにペインティングが施されていたりすると、「この住民は絵心があるんだなぁ」と感心したりもした。
何かのきっかけで、家や職や家族を失ってしまっても、変わらずにずっと持ち続けている生きるセンスみたいなものに、なんだかスゴイなぁ、と感じ入ってしまうのだ。

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ダンナ、土曜日だが出勤。今日は冷たい雨が降っていたので、あきらと一日中、家で過ごした。
なんだか、ずっと眠ダルい感じが続いていて、本も読めない。今日も、昼間からウトウト。

晩御飯は、大根とこんにゃくと鶏肉の煮物。カボチャの煮物。イワシ丸干し。高野豆腐と卵の味噌汁、ボロニアソーセージ、豆腐のメカブ和え
煮物の鍋を覗き込んで、
「大根が飴色になってきた」
と言っても、あきらには通用しなかった。
彼の知っている飴は、ピンクやオレンジだったりするので。
ベッコウ飴なんて、確かに最近見かけない。こうして日本語は変わっていくんだねぇ。

2003.11.28

今日もとりとめもなく

最近、心ここにあらずといった、ぼんやりした日が続いている。
ぼんやり、ご飯を作って、ピアノを弾いて、えいご漬けをやる。

午後、仕事で秋葉原へ。
多摩川を渡るとき、いつも東京に来たナァと思う。
川べりには、浮浪者が掘建て小屋を作っているのだが、見ると、なかなかマメマメしく暮らしているようだ。家のすぐ前が川ってのも、見晴らしがよくて、いいもんなのかなぁ。

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夕方、あきらを迎えに行き、給食のことを聞くと、
「やっぱりご馳走じゃなかった」「それなのに、ご馳走ありがとう、とお祈りしなくちゃいけないので、納得いかない」「おうちのご飯がいい。かちゃのご飯がいちばん好きだ。いつもご飯をつくってくれて、ありがとう。お布団も敷いてくれて、ありがとう」とのこと。
お母ちゃん、ホロリ ポロリ。

夜は、あきらにねだられて、「トムとジェリー」のDVDに付き合う。もう500回目くらいか。正直な話、ジェリーは小利口で、好きじゃない。トムがかわいそうだ。DVDのリモコンが行方不明になって、往生する。

2003.11.27

とりとめもなく

藤沢のI さん宅まで、ガスファンヒーターを譲ってもらいに行く。
I さん、持参した薄謝を受け取ろうとしない。そのうえ、さらにお米もくれる。申し訳ないやら。

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マティスが直ったという電話を受けて、修理工場にも行く。約1週間ぶりのマティスは、エンジン音が大きく、まずびっくり。ハンドルもやたらと重い。相変わらず3速から2速へは、なかなかギアが入らない。代車で借りた最低ランクの軽自動車でも、マティスよりはカンフォタブルなのだった。日本車ってやつは、つくづくスゴイもんだなぁ、と感心する。
ちょっとはカンフォタブルになるかと、オイルとエレメントも交換してもらうが、特に変化はなし。

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あるある大事典では、イワシが薄毛にいい、ということなので、昨日はイワシを大量に買い込んできた。晩御飯は、手開きにしたやつをから揚げにする。
ほかに、かぼちゃの煮物と、蕪の味噌汁、メンチカツ、トマト。ご飯は、前回 I さんにもらった、魚沼産のコシヒカリ(マジうまい!)。

あきらの保育園は、食前にお祈りがあり、「神様、おいしいご馳走をありがとうございます、うんぬん」と唱えるのだそうだ。
「でもねぇ、ちっともご馳走じゃないんだよ」というあきらの素朴な感想に苦笑。

2003.11.26

快晴

洗濯機を4回回して、トイレマットやバスマット、シーツなどを洗った。
天気がいいと主婦は仕事が増えるのだが、まぁ、それも善し。そんなふうに思えるくらい、気持ちのよい一日。

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ダンナは連日の超過勤務で疲れ気味。今日は珍しく会社を休む。
夕方、少し元気が出てきたようなので、二人で近所のケーキ屋さんへ行き、ケーキセットを食べた。

2003.11.25

雨の一日

終日雨。
午後、久しぶりに矢島先生宅へ。
アレンジのヒントを山盛りもらって帰る。

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夕方、アマゾンからつげ義春と町田康が届き、むさぼり読む。

2003.11.24

秋のプチ旅行

ダンナ出勤なので、あきらと秋のプチ旅行。前回は、8月22日だったので、約3か月ぶりである。プチ旅行というのは、ふらふらと気の向くままに電車に乗る旅のことで、行き先の当てがないので、予算もあまり立てられない。とりあえず、今回は御殿場線に乗ろうということになっていた。ここのところ再び『富士日記』にはまっているので、私としては富士山を見られたらいいなぁと思っていたのだった。

乗換駅の国府津で1時間待ち。やっと沼津行きの2両連結のワンマンカーがやってくる。
BOX席の向かいは、フィリピン人風のきれいな奥さんと、日本人のご主人という組み合わせ。奥さんに話し掛けられて、あきらさかんに照れる。持っていたチップスターを二人に振る舞い、お礼を言われ、さらに照れる。

約1時間経ち、降り立った御殿場駅は閑散とした田舎の駅だった。駅前に不二家がある。あと、不動産屋とアビバと英会話教室がある。でもそれだけだった。
不動産屋の物件を見ると、御殿場駅から徒歩20分の4LDKで3000万円代。思ったよりも高かった。

そこに箱根桃源台行きの高速バスがやってきた。桃源台とは、果たしてどんな所なのかまったく知らないが、とりあえず乗ってみる。990円。乗客はじじ・ばばがメイン。私の行くところ、大抵、年齢層は高くできている。
山道をうねうね進み、ススキ野原を過ぎ、ホテルと保養所と別荘地を抜けたところで、湖に着いた。白鳥のボートが岸に舫でいる。このとき初めて、桃源台とは芦ノ湖らしいとわかった。

あきら、白鳥のボートに興味津々。二人で温泉饅頭をかじりながら、船着場まで行くと、30分1500円の札が下がっている。高い! ここまでで、すでにかなりの金額を使っているのだった。
渋っていると、
「せっかくここまで来たんだから、乗ろう」とあきら、説得に回る。そのうちに、私も「なるほど、それもそうだな。あと5年は来ることもなさそうだしな」という気分になってきたので、乗ってみることにした。

ボートは、私達親子とほかに1組だけ。風にどんどん流される。そのうち、体が芯から冷えてきた。漕いでも漕いでもなかなか岸に着かず、かなり焦る。おっかなくなって、ほうほうのていで白鳥のボートを降りて、次にロープウェイに乗る。

山の上は、雨で何も見えず。スキーに来たようだ。天気がいいと、360度のパノラマが楽しめる、という触れ込みなのだが、富士山は霧の向こうで見えず。
さらに、箱根ケーブルカー、箱根登山電車を乗り継ぎ、どうにか箱根湯本に到着するころには、何をしたわけでもないのに真っ暗になっていた。山は日が暮れるのが早い。そして、とにかく寒かった。

2003.11.23

謎のイモ

曇り。あきら、近所の床屋で調髪。
夕方から平塚のオリンピックに行く。
本日買ったもの。
新しいフライパン、3人分の歯ブラシ、食器洗い機用の洗剤、クーピーの黒色1本、消しゴム。
冷凍食品が4割引きだったので、買いだめする。珍しく葉付きの大根があったので、これも買う。ほかにブリ切り身、納豆、めかぶ、ゴマ油。

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田舎から送ってもらった紫色のイモをサツマイモだと思って、サツマイモご飯をつくったらば、出来たものはジャガイモご飯だった。
食後に、コージーコーナーのカスタードワッフル。
最近、ずっとコージーコーナーのワッフルにはまっているのだった。
同じコージーコーナーでも、シュークリームだと毎日は食べられないが、このカスタードワッフルなら、毎日でも食べられるような気がする。


2003.11.22

土曜日の公園は

ダンナ仕事。あきらと辻堂海浜公園に行く。
快晴の今日も、親子連れで阿鼻叫喚。

2003.11.21

英語の夢

本日の夢は、英語のテストを受けているというものだった。

テストは8ページくらいの長さがあり、第3問目くらいには、長文を読んで、その通りに絵を描くという問題もあった。
夢の中には、なぜかイラストレーターのM嬢も出てきていて、横目でチラチラ覗くと、彼女はサクサクと問題を解いている(絵だって、そりゃあイラストレーターだから、上手に描いている)。
しかし、周囲を見ると、彼女に限らず、みんなサクサク解いている。
私は他の人たちの半分もできていなくて、どうしよう〜、どうしよう〜と焦っているという夢だった。
昔を思い出して、すっかり心細い気持ちで目が覚めた。
英語のテストってやつは、私の人生の中で2番目くらいに怖いシロモノだ。あ〜やだやだ。

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今日は渋谷で編集仕事。

つげ義春と町田康をアマゾンで買う。

2003.11.20

めいらくのトラック

車で走っていたら、前にめいらくの営業車両があった。
トラックの後ろ扉を、よくよく見ると、運転者の名前プレートの横に、「マナー違反車を見つけたら連絡してください」と会社のURL。要するに、めいらくのトラックがスピード違反なりしたら、ちくってください、ということなのだった。
ほかにも、「わたしはタバコのぽい捨てはしません」などの宣言もかかれている。
こんな但書付きのトラックを運転するのって、なんだか屈辱的だなぁ、とドライバーが気の毒になった。もし私がドライバーなら、「会社から信用されていない」と感じる。

もちろん、マナーも大事なんだろうけれどサ、会社は社員の感情も大事にすべきだ。企業は人なり、って誰の言葉だっけ?
そして何より、食品会社がすべき本当のサービスとは、いい商品を安い価格で提供することであって、こんなふうに客に媚びることではない! 

日本の社会は(って、日本しか知らないが)、客がえらそうにしすぎている。きっと、「お客様は神様です」っていう、あのフレーズのせいではないか。客は神様でもなんでもない。消費社会は、消費者と生産者が相互に依存しあって成り立っているのだ。

2003.11.19

年末ですね。


出版は、年末進行の嵐。
(※お盆と年末年始、そしてGWは印刷所の輪転機が止まってしまうので、雑誌制作のスケジュールが大幅に早まるのです)

原稿1本脱稿。

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マティスは、しばらく入院になりそうだ。
代車は、ある意味マティスよりは安全なのだが、保険が心配で、そうそう遊びにもいけない。

2003.11.18

 雑感

朝からの編集会議が長引き、夕方帰宅。
帰りに、辻堂駅前の小さな鄙びた和菓子屋で、豆餅を買った。
最近、『富士日記』を読んでいるせいか、餅の類がやたらに食べたくなる。
それにしても、餅というシロモノは昭和の食べ物だなぁ、と思う。ヘルシー志向の平成では、餅みたいなものは、あんまり好まれないようだ。

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マティス、最近、再び不調。後輪の車軸のあたりから、ごりっごりっと音がする。夜、あきらと二人で修理工場へ持っていくと、緊急入院となった。気がつくと、電装系にもトラブル1件。
代車はスバルのプレオ。安心の日本車。ダンナは、自分が強くマティスを推したものだから、申し訳ながっていた。たしかに......。友人に勧めて、事故死でもされた日には、夢見が悪くてたいへんだ。そんな不安を感じる車である。

2003.11.17

ささやかな

晴れ。天気がいいと、家事をしなければいけないような強迫観念がある。今日は、シーツを洗い、庭の松葉を掃いて、一応義務を果たしたような気分になる。その後、翌日の編集会議に持参する企画書を書く。

昨日の鍋の残りにきしめんを入れて食べたら、おいしかった。ささやかな幸せ。
あきらと8時半に布団に入る。これまた、ささやかな幸せ。

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名古屋のK、福井のTよりメールもらう。どうもありがとう。

2003.11.16

布団の身になって

季節はずれの、汗ばむほどの陽気。
家族3人で近所の公園へ。松林の間から、野鳥を見たりする。

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夕方ごろには、よそのベランダから布団を叩く音が響いてきた。それが、いろいろなうっぷんを晴らすような激しい叩きっぷりで、ダンナと
「なんだか布団がかわいそうみたいだねぇ」と話す。
晴れたばっかりに、こんな目に遭うなんて。

「これでもかっ、これでもかっ!!」バシ、バシ、ビシ、ビシ
「痛い、痛いよ。ごめんなさい! ごめんなさい!」

と、こんなふうに聞こえた。

2003.11.15

墓参り

約4か月ぶりの墓参。小雨の降る中、八千代市まで横浜新道→首都高湾岸線で。東京湾のダイナミックな景色を見ると、気分がすかっとする。

途中食事をしたり、津田沼駅付近でちょっと迷ったりしていていたので、墓地に着く頃にはすっかり真っ暗になってしまった。いつも出足の遅い我々なので、お墓参りは夜になることが多い。人気のない墓地にも慣れた。リンゴと花をお供えして、今日も山ほどお願い事をして帰る。
その後、勝田台の駅前のイトーヨーカドーで、あきらのズボンと絵本を買い、夜10時半帰宅。

2003.11.14

いい人

仕事で代官山→表参道→渋谷のパターン。
行きの電車の中で、横山ヤスシ風の容貌の、労働者風男が、『「いい人」をやめると楽になる』(曽野綾子)を夢中で読んでいた。こんな一見チャランポラン風でも、自分自身をいい人と感じて苦しんでいるんだなぁと思うと、気の毒になった。横山ヤスシに似ているだけに、悩みも深いのかもしれない。

2003.11.13

寝坊

寝坊した。起きたら、いつもなら家を出る時刻だった。
また、今日に限って、あきらも歯科健診があり、登園時間が早いという最悪のパターン。
取る物もとりあえず、とにかく車で走り出す。
あきらを先に保育園に送り届けようと右折すると、一刻も早く駅に着きたいダンナから「何やっているんだ!」の怒声。しかし、保育園で歯科健診を受けられないとなると、小児歯科を予約して、自費で健診を受けなくちゃいけないのだ。ダンナの怒声は無視して、そのまま保育園に向かうと、後部座席で舌打ちしている。幸い、検診時間にはぎりぎりで間に合い、無言のまま、全速力でダンナを辻堂駅まで送る。しかし、そのあと、あきらの(喘息の)薬を忘れたことに気がつき、仕方なく、薬を届けにまた保育園に行く。

出だしからこうだったので、今日は何かにつけ調子が悪い。
こういう日は、さっさとパソコンをしまって、「富士日記」でも読もうと思う。

2003.11.12

江戸東京博物館

I さんと両国にある江戸東京博物館へ。
展示は、明治〜昭和の東京の流行(衣食住)を見せるというもので、なかなか面白かった。昭和40年代に流行していた花柄のポットや鍋に「懐かしい〜!」「これ、ウチにもあった〜」の声、声。

国内初のパーマ機なんかもあり、太いコードがぶらぶら垂れ下がっていて、「こんなのでパーマかけたら感電して死んでしまいそうだなぁ」と思っていると、背後から「ああ、これ、やったことある」という声。見ると、車イスのおばあさんがシワシワの指で、同伴した人たち(みんな、おじいさんおばあさん)に差し示しているのだった。会場には、こういう生き証人がいっぱいいた。つまり、観覧者の年齢がモーレツに高いということです。その日は平均年齢60歳くらいか?

昭和7年には、今の人口の約半分が東京に住んでいたそうで、これまたびっくり。今よりも都市部は狭いはずなのに、東京という町は、どれだけ人口密度が高かったんだろう。

夜、「富士日記」を読む。
ちょうど、今日見てきた展示とかぶる時期の話なので、あれこれ想像できて楽しい。視覚の刺激は強烈だ。

2003.11.11

放送作家

終日雨。
がんばって、原稿1本書く。
というのも、明日は、藤沢のI さんと江戸東京博物館に、「東京流行生活展」を見に行くからだった。ぜひ行きたい企画展だったので、雨で寒くても、仕事が立て込んでいても、開催終了ぎりぎりになっても、執念深く行ってこようと思う。

I さんは、放送作家という職業で、「なんか、スゲェ」とは思うものの、でも、どんなことをするのか、よく知らない。「書く」仕事とはいっても、いろいろなものがあるようだ。


2003.11.10

寒い

終日雨。
原稿1本脱稿。

トイレの電球が切れてしまったので、ヤマダ電機に行く。
駅前のダイクマで、ダンナのパジャマとあきらのパジャマ、ダンナのマフラーも買う。自分のものは買わない。エライ。

N社のKさんとメールで本のことなど雑談。

2003.11.09

鶴見線

曇り。
今日はJR鶴見線に乗りに行く。鶴見線は、東京湾の埋立地をめぐる線だ。その昔、故・宮脇俊三氏の著作を読んで行ったことがある。車窓からは工場と、石油コンビナートと、倉庫、そして東京湾くらいしか見えない。
前から、鉄道マニアのあきらに見せてやりたいと思いながら、なかなか機会がなかった。

途中の浅野駅で乗り換えのために30分待つと、やっと1時間に1本の海芝浦行きがやってきた。
終点の海芝浦はプラットフォームのすぐ下が東京湾という、ユニークな駅。東芝工場に直結していて、一般客は昇降できない。
鶴見駅より片道150円。往復300円で、都会の中の異空間を体験できる。

渋めの選択だったのか、あきらは大喜びするでもなく、こっちは拍子抜け。ダンナのほうが、面白がっていた。
私は、実はけっこう鉄道が好きなのだが、中でも一番気に入っているのは、貨物。貨物列車を見ると、ざわざわと気持ちが騒ぐ。
そういう人って、いませんか?


海芝浦のプラットフォームより
ダンナ撮影。

東京から日帰りで行ける、こうした異空間スポットをこれから、少しずつご紹介したいと思っています(って、できるかなぁ?)

2003.11.08

公園で

暖かい一日。
ダンナは出勤。あきらを辻堂海浜公園に連れて行き、遊ばせる。
親子連れで、たいそうにぎわっていた。

芝生の広場に、フリーマーケットが200店ほど出ていたので、あきらの服やおもちゃなどを、ごちゃごちゃと買う。
広場では地元のダンス教室の発表会などもあり、あきらといくつか見学。
アイドルグループの 「Speed」みたいな感じのダンスは、あれはなんていうの? ヒップ・ホップ系?
そのヒップ・ホップ系が、今時少女たちのあこがれのようだ。もう、バレエじゃないのね。ふーん......。

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昨日のスガシカオの「ムダに傷つく」発言を改めて考えてみて、私の行いには、ムダに傷つくことがいっぱいあるような気がする。
より良い結果に転ぶことを期待して、本来ならば必要ではないことまで、積極的にやってしまう。
しかし、これまで観察してきて、よい結果に転んだことなど、ほとんどないのだった。おまけに、悪い結果に転ぶことも、ままあり......。
いつもいつも心で泣きながら、「もう二度と、ムダに傷つくようなことはすまい」と固く決意するのだが、性懲りもなくやってしまうのは、なぜなのか。きっと、バカなんだろう。ただ、それだけなんだと思う。

最近、乙女座は低調。

2003.11.07

作曲について

最近、夢の中によく芸能人が登場する。
この前は竹脇無我だったが、ストーリーは忘れた。

昨日はスガシカオだった。
スガシカオは、なぜか私と顔見知りで、私が「作曲のコンペに自作の曲を出してみようかと思う」というようなことを話すと、「やめなって。絶対、やめときな。どうせ、ダメなんだから」と出品しないように説得する。私が、むっとしながら、「ダメでもいいの!出してみたいんだから」と反論すると、スガシカオは「あーあ、ムダに傷つくだけだって」と言うのだった。

ところで、私は、数ヶ月前から矢島先生に作曲のイロハを習っていて、これがたいへん面白い。先生のキャラクターの面白さもさることながら、作曲そのものが、ものすごく楽しい。年をとってもできるので、趣味としてお勧めです。

2003.11.06

地味が続く

原稿1本脱稿。
気分もすっきり、駅前に行き、イトーヨーカドーで食料品を買い込む。

引っ越しして以来、この西向きの台所とはどうも相性が悪く、ご飯をつくる気力が沸かない。方角が悪いのかもしれない。この数ヶ月は、なるべく炊事をしない方向で頑張っていたのだが、そろそろ出来合いのお総菜にも飽きてきたので、仕方なく作るようになってきた。個人的には、ものすごく頑張っているような気がするが、世の主婦のみなさんには当たり前のことなんだなぁ。みんな、ホントにエライよ! 家事労働はもっと評価されなければいけない。
今夜は鮭の塩焼きとサトイモの味噌汁、トマト、昨日の残りものの豚肉のオイスターソース煮。

2003.11.05

本日も地味

今日も地味な一日だった。
2月号の原稿を書き、編集仕事もちょっと。

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あきらが仏壇の(私の両親の)位牌に向かって、「かちゃが小説家になれますように」とお祈りしているのを盗み聞きして、涙が出そうになった。
ろくでもない母ちゃんで、ごめんよぅ。

2003.11.04

地味な一日でした

一日遅れで記載中。たしか地味な一日だった。
あんまり地味だったもんで、一日経つと、何かあったかよく思い出せない。

2月号の原稿をちょっと書いて、行き詰まる。
えいご漬けに漬かる。

うれしかったこと。
藤沢のIさんに、お米とサトイモ、ジャガイモ、おまんじゅう、食用菊の花をおすそわけしてもらったこと。今年は新米の値段が高いので、ありがたい。お腹が空いていたので、おまんじゅうは、もらうなりその場でむしゃむしゃ食べてしまった。それを見た I さんの家のウタノちゃんが、(夕食前だったにも関わらず)、「おまんじゅう食べたい」と言い出し、失敗したなぁと思った。教育的によろしくなかった。子どもの前では、行いに気をつけよう。

半額セールの牛肉で、牛丼をつくる。でも、吉野家の牛丼のほうがおいしいような気がした。そう言うと、あきらは気をつかって、「おうちのほうがおいしい」と言ってくれた。彼は気ィ使いィだ。

以上。

2003.11.03

プラネタリウム

雨。
あきらと辻堂海浜公園に行くやく約束をしていたのに......。
インドアで遊べるところは何かないかと探して、横浜こども科学館に連れて行く。
しかし、同じようなことを考えている親子づれで、阿鼻叫喚の騒ぎなのだった。とにかく疲れた。

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唯一楽しかったのはプラネタリウム。
あきらも、茅ヶ崎では見ることのない、満天の星空を楽しんでいた様子。

子どものころ、私も両親に連れられて、五島プラネタリウムによく行った。
オープニングの暮れてゆく街並が、切り絵みたいにきれいだったので、よく覚えている。
五島プラネタリウムは平成13年に閉館してしまい、とても残念。渋谷に、あんなに静かな空間があるということも、素適だったのになー。

2003.11.02

タイミング

快晴。
今日は、城が島へ遊びに行こうと思っていたのだが、朝風呂にのんびり浸かったり、ピアノを弾いたり、仕事をしたりしているうちに、出かけるタイミングを逸してしまった。
タイミングって、大事だなぁ。仕事でも何でも。

2003.11.01

首都高はわかりません

これまで「ノートパソコンのキーがちゃたって困る」ということは書いてきたけれど、パナソニックでは、部品販売はしないという建前になっている。
修理に預けるとなると、その間の仕事がストップしてしまうことになり、それも困る。
(ダンナと私と、私の兄もパナソニックのノートパソコンを使っているが、3人とも1年半を過ぎる頃から、キーボードがちゃたって困っているのだった)

そんなこんなで、代替機の中古パソコンを買うしかないかと思っていたのだが、先週、ダンナが窓口にかけあい、どうにか新品部品を入手する手筈をつけてくれた。
今日は、横浜市港南区にあるパナソニック工場まで、届いたキーボードを受け取りに行く。

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その後、ある本の出版記念シンポジウムのため、神保町へ。
あきらとダンナもいっしょ。
私の運転で首都高に乗るが、やはり迷い、代官町で降りるつもりが降りられず(※なぜならば、内回りには出口がないため)、C1を2周する。時間ぎりぎりに到着。首都高はさっぱりわからない。増改築をくり返した温泉宿みたいな作りだ。もっと秩序がほしい。

シンポジウムの後、お誘いを受けて、懇親会にも参加させていただく。
久しぶりの神保町は、古本祭りでにぎわっていた。


10月のしょうこを読む